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【中学 古文】この夏のゴール

中3生の皆様、夏期講座も終盤でしょうが、いかがお過ごしでしょうか?

私、福岡市西区今宿駅前の藍洋塾にて、国語を担当しております、長澤と申します。
当塾の夏は、例年国語に力を入れており、この夏は特に古文読解に時間を充てました。

そこで今回は、当塾以外の受験生の皆様にも、この夏の古文の到達度チェックとして「これが読めれば・・・」というものを以下に一つ挙げ、記事にしたいと思います。

その前に、古文のコツって何だったっけ?という人は、前回の記事【コツをつかもう】の復習から入りましょう。

それでは、今回もどうぞ宜しくお願いします。

前半、どんな場面(テーマ)かを想像しよう。

小野高尚『夏山雑談』による。
(一部省略や書き下し文あり)

或人いふ、はいるといふは這い入るなり。
されば客来る時、主人の御はいりあれといふは礼の詞なり。
己が家のひきくせばくて身も入れたがればはひいりたまえということなり。
客の方よりはいるべしというは無礼の詞なるべしとなり。

(注) 
礼の詞なり…礼儀にかなった言い方である。
ひきくせばくて…低くて狭いので。
 
小野高尚『夏山雑談』による(一部省略や書き下し文あり)。

今回はまず、ここまでを自分で想像してみてください(画面のスクロールを一旦止めて)。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どこまでを想像できたでしょうか。

まずはいつものように、登場人物の或人を○で囲んでおきます。

それでは一緒に読み込んでいきましょう。もちろんすぐに現代語訳を見るのではなく、自分で考えたことをチェックするつもりでクリックしましょう。

・或人いふ、はいるといふは這い入るなり。

現代語訳を見る
ある人が言うには、「入る」という言葉のもとは、「這い入る」なのです。

・されば客来る時、

現代語訳を見る
そうであれば、客が来た時、

・主人の御はいりあれといふは礼の詞なり。

現代語訳を見る
家の主人が、(客に)「お入りなさい」と言うのは、礼儀にかなった言い方である。

・己が家のひきくせばくて身も入れたがれば

現代語訳を見る
私の家は低くて狭いので、体を入れにくいならば、

・はひいりたまえということなり。

現代語訳を見る
這って入ってください、ということである。

・客の方よりはいるべしというは無礼の詞なるべしとなり。

現代語訳を見る
(よって)客の方から「入りましょう」というのは、無礼な言い方になるだろう、ということである

この部分まで、いかがでしたか。

今回は、場面の想定というよりも、この或人の発言内容が、話全体のテーマとなります。
➔ 「入る」≒「這い入る」をつかめさえすれば、後はどんどん話が見えてきます。
 ➔ 狭く小さい家ですから、窮屈な思いをするでしょうが、どうぞ入って…という、主人が客に対して謙遜しているイメージが湧けば、OKです。
  ➔ 客の方から「入る」というのは、「這い入る」つまり相手の家を小さいといっていることになり無礼、という論理です。

活用できたコツとしては、
① (注)をヒントにして、単語や文脈を分析する。
  ➔ 「(注)の…礼儀にかなった言い方」から、何が礼儀にかなっているのか、また逆に本文の「無礼の詞」から何が無礼なのか、それぞれ場面を想像してみること。
④ 古文の「の」は主格(が・は・も)で、逆に「が」を所有格(の)とらえるとスムースに読める場合が多々ある。
  ➔ 「己が家の」は、私となります。
⑤ ひらがな表現でもポッと漢字をイメージできれば、横に書いてみる。
  ➔ 「ひきくせばくて」から、くていが浮かんで欲しいです。
等です。

以上を訳として、まとめますと
『ある人が言うには、「入る」という言葉のもとは、「這い入る」なのです。そうであれば、客が来た時、家の主人が、(客に)「お入りなさい」と言うのは、礼儀にかなった言い方である。私の家は低くて狭いので、体を入れにくいならば、(すみませんが)這って入ってください、ということである。(よって)客の方から「入りましょう」というのは、無礼な言い方になるだろう、ということである。』
となります。
 ➔ とすれば次は、これに対しての賛成or反対等の意見がくるかも…と推理できますよね。

後半、話の流れに沿って、訳を進めていこう。

え楽磨(えらぎまろ)按ずるに、
論語いう、公門に入るに鞠窮(きゅうきゅう)如たり。容(い)れられざるがごとし。
是をもつて見れば、門戸広しといえども、敬屈してせばきばごとくはひいるべし、と客の方よりいふも礼の詞なるべし。

(注)
え楽磨…この文章の語り手の自称
敬屈…首を垂れてかしこまること。

ではまた、ここまでを自分で想像してみてください(画面のスクロールを一旦止めて)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうでしょうか?
やはりここでは、或人の意見に対して、別の考え方が出てきました。
登場人物である、え楽磨を□でマークしておきます。
それでは、一緒に読み進めてまいりましょう。

・え楽磨(えらぎまろ)按ずるに、

現代語訳を見る
え楽磨が考えるには、

・論語いう、公門に入るに鞠窮如たり。容れられざるがごとし。

現代語訳を見る
論語で書かれています、「王宮の門に入る時には身をかがめる。(おそれつつしんで)入ることができないような様子である」と。

・是をもつて見れば、門戸広しといえども、敬屈してせばきばごとくはひいるべし

現代語訳を見る
これをもって考えてみれば、門戸が広いといっても、首を垂れてかしこまって狭い所のようにして入るべきである

・と客の方よりいふも礼の詞なるべし

現代語訳を見る
と、客の方から言うのも礼儀にかなった言い方である。

どうでしょうか。
ここでは、先述のように或人が「入る」≒「這い入る」という言葉は、主人の客に対する礼儀にかなった言葉だととらえているのに対し、え楽磨は論語を根拠に、客の方から言うのも礼儀にかなった言葉だと主張するのです(今回の話は、ここがオチとなります)。

ここで活用できたコツとしては、
② 現代語の意味から単語を分析する、です。
 ➔ 鞠窮(きゅうきゅう)から現代語の窮屈や、またキュウキュウという音からしても、王宮の門を目の前にして緊張しているイメージが湧くと思います。

以上を訳として、まとめますと
『え楽磨が考えるには、論語で書かれています、「王宮の門に入る時には身をかがめる。(それは)おそれつつしんで入ることができないような様子である」と。
これをもって考えてみれば、門戸が広いといっても、首を垂れてかしこまって狭い所のようにして入るべきである、(という風に)客の方から言うのも礼儀にかなった言い方である』
となります。

まとめ‐ヒラメキ力

今回の古文はいかがでしたか?前回記事の古文から更に「コツさえつかめば、意外とわかる」となりましたか?

ただ、やはり今回も、思考過程やコツ…それ以前に、一発目の「入る」≒「這い入る」で、どれだけ考えを巡らせたかが読解のポイントになったと思います。

私の授業においても、受講生は設問の正答率は良かったものの、「入る」≒「這い入る」を、自分の言葉で「例えば...」と説明できる受講生はおりませんでした。

前回も述べましたが、古文がある程度スラスラ読めるようになるには一定量の演習は必要でしょう。
そして、内容を自分の言葉で具体的に説明できることが、ある意味、古文のゴールであると私は思っております。

この点、受験生の皆様、どうですか?何かつかんでやろうと演習中、余白に絵でも画いていますか?

なぜ(絵が下手な)私が黒板に小さな門と大きめの棒人間の絵を画き、今度はその横に、大きな門と棒人間を画くと『あー!』となるのですか?

それは受験生の皆様が、試験時間中に自らするべきことですよ。

私は、たまに数学の演習監督もしますが、連立方程式の文章題でも、ただ問題をじーっと見て一向に手が動かず、結局何も書かないままタイムアップとなる受講生を見かけます。

絵を画いてみましょうよ。また図形の問題も、問題文で与えられた数字はどんどん書き込んでいきましょう。

つまり古文に限らず、試験時間中どんどん手を動かすことで、脳に信号を送り続けてください。このような普段の学習姿勢(解答への貪欲さ)が、君のヒラメキ力をアップさせるはずです。

思い返してみてください。今までの不本意なテスト結果のほとんどが、終わった直後の周りの会話が耳に入り『あーそうやった』と、そこでひらめくことばかりではなかったですか?

君のライバルは、絵を画こうが何をしようが時間内にひらめいた、ただそれだけです。

今年の夏休みももう終わりです。
中には塾からの大量の宿題や、合宿で猛特訓を受けた方もいるでしょう。
それをやり遂げた自信に加え、是非この現場(テスト)でのヒラメキ力を大切にかつ、磨きを掛けていってください。

ヒラメキ力は、君の古文の進化だけでなく、他の科目ひいては入試での勝利へと君を導くことでしょう。

受験生の皆さん、古文(自分)に負けず、10・11月実力テストに向けて頑張ってください(直前対策用の記事として実りの秋、到達度チェックを更新しております-『備えあれば、憂いなし』)。

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長澤 倫康 (ながさわともやす)

長澤 倫康 (ながさわともやす)

藍洋塾の代表者兼、文系科目の担当をしています。 司法試験受験を重ねる傍ら学習塾に勤務し、子供達とふれあう中で教育に熱意を抱き、2012年に福岡市西区今宿駅前で開業しました。 現代の子供達に無限の可能性を感じつつも、日々起こる様々な問題に対し実力を発揮できていない実情を、社会に問いかけるべくブログを展開してまいる所存でございます。

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